Sunnobi Tanto [Kunihiro][N.B.T.H.K] Jyuyo Token

ASK

Stock number:TA-100718

Paper(Certificate):[N.B.T.H.K] Jyuyo Token
Country・Era:Yamashiro(Kyoto)・Edo era about 1600 or 1601

Blade length(Cutting edge): 37.25cm
Curve(SORI): 0.9cm
Width at the hamachi(Moto-Haba): 2.95cm
Sword tang(Nakago): Unaltered, Sujikaiyasuri file pattern
Rivet Holes(Mekugiana): 1

Shape(Taihai): Omote: Unokubizukuri, Ura: Hirazukuri
Engraving: Omote: Futasuji-bi, Bishamonten Ura: Kurikara, lotus pedestal
Jitetsu(Hada): Itame and Mokume with Jinie and Chikei
Temper patterns(Hamon): Konotare and Gunome with Nie
Temper patterns in the point(Bohshi): Notare and Komaru
Registration Card: Fukuoka

【Additional Information】
国広は、もと九州日向の飫肥の城主であった伊東家に仕えた武士で、同家が没落したのち諸国を遍歴しつつ鍛刀の技術を磨き、その間各地で作刀した。慶長四年以後は、京都一条堀川に定住し、多くのすぐれた子弟を育て、慶長十九年に歿したといわれる。彼の作風は概ね二様に大別され、堀川定住以前の作には末相州や末関風のものがみられ、定住後はそれらのものと作風を異にして相州上工に範をとったと思われるものが多い。
本作は、表を鵜首造、裏を平造とし、丸棟で、身幅の割にはやや寸が延びて、反りがつき、先反りのついた造込みで、慶長打一般のものに比べてやや異風な形状であるが、同作中の慶長四・五年頃と鑑せられる脇指にこれと殆ど同様な造込みが見られる。刃文は小のたれを主調に互の目が交じるなど、通常の慶長打にはあまり見られない刃取りであるが、板目に全を交えて肌立った、いわゆるザングリとした堀川物独特の肌合を見せ、区下より斜に水影が立ち、焼刃がよく沸づき処々むら立ち、金筋・砂流し等の働きも看取され、匂口が沈みごころとなるなどの点には国広の特徴がよくあらわれている。また刀身表裏に施された彫物は、流石に上手で見事である。表の毘沙門天は、四天王の一で、仏法を守護し、福徳施与を兼ねるものであるが、国広および国広一門には、まま見受けられるところである。同派の作刀に見る毘沙門天は、天正初期の国広の短刀のそれを除いては、その殆どが毘沙門鉾を左手に携えているところが特色であり、越前康継やその他に見るものの多くは逆である。同工の一作風を示した出来口であるが、造込みや彫物などには、むしろ天正打を想わせるものがあり、彼の作域を知る上で資料的にも貴重である。年紀はないが銘振りから鑑て、おそらく慶長五・六年の頃かと思われる。

SKU: TA-100718

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